2011年5月アーカイブ

カンシャクや怒鳴り声、暴力など他者に不快感を与える行為を私たちは行動障害と言います。

それは、私たちが不快なことがあり、悶々として深酒をしたり,過食になった時と基本的には変わりません。

どちらも心が安心に包まれている時には起こらないのです。

私たちの仲間が飲み会で"荒れている"感じがする時は
「何かあったの?」と,
よく聴いていくと
「ちょっとストレスが・・・」と言い出し,辛い心の内を外化します。

このように、

引き出し→表し→カタルシス→少しの信頼、

こんなサイクルの中で何とか気持ちを維持するのです。

人に助けられずに深酒やギャンブル薬物依存といった悪循環に陥ると
本質的な辛さは解消されず増大した辛い感情を一時的に満たすためにさらに強い刺激を求めてしまいます。

人は人でしか変わりません。

聴く側の人も傷やコンプレックスをもった一個の人間です。

弱い人たちは敏感です。

受け止めてもらえないと無意識に強く求めてしまいます。

満足がいかないからです。補ってもらえないからです。

良き関係性を創りだすためにははエネルギーが必要です。


心の養分とは自らの薄皮をはがすように対峙し愛情と感謝に包まれていることに気づくことから始まります。

皆きれいな存在なのです。

(職員向けメッセージより)

東日本大震災より2カ月が経ちます。

いまだ復興への道筋はみえず、原発への不安は大きくなっています。

そして政治は未曾有の大災害であるにもかかわらず政局にしてしまっています。

私たちの団体は震災後早期に現地に入り福祉施設の状況を調査し数少ない残っている施設へ物資を届けました。
毎週のように必要なものは変わり桜の花を車いっぱい運んだこともありました。
最近はようやくライフラインも回復し、グループホームへの支援や特別支援学校の送迎などと内容は変わってきています。

災害です、私たちが被っていたのかもしれません。

"生かされた命"被災された方々への物心両面へのできるだけの支援、
そして日本を創りなおすという大事業を成し遂げなければなりません。

人類は大災害や飢饉、戦争の荒地から立ちあがってきました。

無力感を感じながら"助けあう"という知恵を使い生きてきました。

これからの復興は真の社会貢献です。

この機に儲けようとする人たちは参入できないようにしなければなりません。

悲劇を語る時期から協働と共感で未来を創りだす時期です。

「光は闇に必ず勝つ!生きろ命!」

人生とはどのように生きるのか、他責にせず自らの意思を決めることです。

今がその時です。

(職員向けメッセージより)

心は力強く自由なもの

問題を生み出したのと同じ思考形態では、問題は解決できない。ミルトン・エリクソン(心理学者)

人は自らが辛く、苦しいとき、同じ感情の中で改善しようとしても上手くいきません。

それどころかよけいに苦しくなってしまいます。

感情とは厄介なものです。

だから、思考で補うのです。

思考とは捉え方です。

「そんなことできない!」と思ってしまいますが、実は人は言葉では表せない、合理的に捉えることができないことをしてしまいます。

そんなとき人は"決める"という思考を働かせています。

仏教で不幸になる三要素とは"愚痴る・怒る・貪る"です。

このようなことを"教え"と言います。捉え方です。

それをしないことで、肯定的な反応が返ってきます。

"教え"という捉え方と行為をすることで、不幸なことが少なくなり関係性の中での不必要な不安が減ります。

時間は通り過ぎていくものです。

過ぎたものは"解釈"でしかなくなります。

未来は"動く"ことで変えていけます。

動くことで景色が変わります。

心とは多様性のあるものです。

大人と子供、強さと弱さ、悪魔と天使どちらかで生きているものではなく両方合わせ持っているのが人の心です。

ネガティブなことからも学べます。

本来心とは自由なものです。

あなたは力強く自由なのです。

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