人は人との関係の中で、安心し不安にもなります。

障害のある人の意思が表現しやすい環境があり、自己決定に至るプロセスそのものへの支援がされ、その人らしい自立した生活が継続的に送れるような社会システムの構築が必要です。

 コミュニケーションを支援し意思決定を尊重するという営みは、障害のある人と支援者が相互に影響しあい、響きあい、互いの存在を尊重し合う、まさに対等な関係性があって成り立つものです。

・人を"わかる"ということ

"わからない"から"知る"までには知識が必要です。

" 知る"から"わかる"までには良質で良好な関係性が必要です。それを感じられる体験が必要です。

最初に、障害のある人(以下対象者)が支援者を安心できる存在として受け入れてくれるところから始まります。

当然のことながら目線が高く威嚇するような姿勢ではなく、対象者が不安をもつことなく傍で一緒にいられるよう自らの在り方を対象者と同調させます。

そして、そこで起こってくる対象者の感覚・気持ちに肯定的に反応するようにしていく(あたかも自らも同じ体験をしているように)と、安心感が生まれ、信頼関係が生まれます。

最初は意識的に、徐々に意識しなくても小さなサインでもその意味することが分かるようになります。

赤ちゃんの泣く意味が、オムツが濡れているのか、母乳を欲しているのかが母親が理解していく過程と同じです。

相互作用です。

この過程の中で、子供は人に、母は親になっていきます。

このような"心のキャッチボール"が繰り返されているとき、人は人を「わかった」と感じます。

安定的な関係性が持続するとより高い次元の言語や課題も理解できるようになり、

「わかる、わかった」

という体験を多く経験するようになります。

主体的、意欲的な行動も見えてきます。質の高い複雑なこともわかりやすくなり受け入れることができるようになります。

これは、支援者を通して、"他者を肯定的に受け入れてく"という人とかかわる基本を学ぶ過程です。

知的障害のある人たちの中には、孤独に人間存在の不安と闘っている人たちも少なくありません。

不安や恐怖に包まれ、合理的ではない何かに囚われている(心の自由を奪われている)とき、人は知性が働きません。

安心に包まれ開かれているとき、人は他を受け入れることができ学ぶ力が育ち喜びを感じます。

良き支援者との関係の中で、"人は信頼に足る存在"であることを学びます。

同時に、日常の中で起こるさまざまな問題を解決する能力(現実対処力)がついてきます。

・"心に添う"ということ

知的に障害のある人たちの多くは自己決定ができない人たちだと思われがちです。

しかし、思いをくみ取ってもらえない関係性の中で、この人たちの感情表出を許す緩やかな環境を作ってきたのでしょうか。

 さまざまな表現に対してそれを支援し育んでいくような取り組みがあったのでしょうか。

 "ちがう"感じ方をその人の体となり心となりともに感じていくような取り組みをしてきたでしょうか。

 そのような場の提供と時間を経て意思決定支援ということは語られるべきです。

 わかりづらい自閉症の人や重度の障害のある人たちは、支援者が対象者の中で起こっていることに的確に反応していける

"心のやりとり"

のできる力が要求されます。

 "わかりづらい"と感じる人ほど、孤独で、不安を抱え、耐えている人かもしれません。

 支援者の在り方を試されているのかもしれません。生半可ではなく本物を求めています。

 本質的で、的確な関係性が継続的に保証されると喜怒哀楽が明確になったり、ニーズがクリアになり要求が出しやすくなったり、安心に包まれ大切にされているという実感を持つようになります。
 これは生きる力の根源です。

 人生で人がもっとも幸せを感じるのは良き人間関係があるということです。 

 福祉の現場で、支援者の未熟さから利用されている人たちを孤独で無気力な状態にしてはなりません。

「生きるのをあきらめて適応」している状態にしてはなりません。

 それは、学習したものだからです。私たちに責任があります。

・心の支援者としての役割について

 私たちは通常言葉によるコミュニケーションに慣れてしまっているので、言葉の情報のみに意識が向いています。

 しかし、私たちは意識していなくても対象者から言葉以外の多くの情報を受け取っています。

 表情、目の動き、声の抑揚、ちょっとした動き、姿勢からなどさまざまな情報を一瞬のうちにキャッチし判断しています。

 身体という表現体は嘘をつけません。
 
 知的障害のある人たちに対して「通訳」という役割は単に外国語を訳するということとは違います。

さまざまな情報を"意味あるコミュニケーション"としてつなぎ、

さらに、支援者がわかりやすいように表現し、

その反応を確認しながら、

本人の本当の"思い(ベストインタレスト)"に到達する過程の繰り返しにほかならないのす。

(職員向けメッセージより)

町田福祉園には、グッドジョブ委員会があります。

これは、その名のとおり、少しでもスタッフが働きやすく"よい仕事"をするためにはどうしたらいいか、ということを提案する委員会です。

法人内の主だった施設では、『ベターライフ委員会』『ハッピーライフ委員会」などの名前で同じような役割を持った委員会を設置しています。

まったく自由な委員会なので、「産休、育休や時短勤務を取っているスタッフが働きやすくするためには」とか「いくつかのユニットに分かれているいるので『交流のための茶話会』を開くなど様々でしたが、昨年のメンバーは、同僚のスタッフの"よい点・素敵だと思うこと"を表現したアルバムを作りました。

いい面をみていこう!というこの視点は、チームビルドのために留まらず虐待とは縁遠い組織になって行きます。

昨年度の最後に私のこともとりあげてくれました。

感激でウルウル・・・です。

恥ずかしながら、長いのでGJ委員会からのメッセージを紹介します。

【GMの想いを聞いてグッドジョブ委員会メンバーが大事だと思った事】

●作りたい未来
人だけが未来を作り、未来をイメージできる。
期待を超えるもの、イメージを超えていることに感動をおぼえる、涙があふれる。
作りたい未来に対し、具体的なイメージを持つと、未来が作りやすい。
利用者様の笑顔のイメージを持ちながら・・・

●安心に包まれている感覚を幸福感
多様性を認める→相手を良く知る→仲良くなれる
違いを認める
相手を良く知らないと、許容範囲が狭くなってしまい、嫌なイメージが先行してしまう。
相手を知ることで、許容範囲が広がっていく。
周りの意見・方法を聞く→最善の方法を知る。

●安心が大事だという事
みずき福祉会の理念の原点。どんな状況においても安心感に包まれているという事が大事で、私達が関わりの中で人を幸せにしていくことが必要。それが福祉である。

●良い言葉を先に出すという事
人間は辛いことを記憶に残す生き物である。その中で、無意識に自分の気持ちを上げようと日々行動している。ならば、意識的に良い言葉を発して脳をだまして生きた方がきっと幸せに過ごせるのではないか。

●違いを認めること
スタッフが仲良くないと良い支援は出来ない。良い関係性を築くには、まずは相手を良く知ること。相手との違い(多様性)を認めることが大切。そして、自分を削ることなく、認め尊重しあいながら、良い方法を考えて行く。

●自分を磨き続ける事
人は皆、不完全。不完全な人間が関わることで、相手を幸せにする。
不完全な私達は自分を磨き続けることが大切。自分と関わる事で不幸になったら福祉とはいわない。自分を磨くことの価値を見出す事で、大きく変わって行く。

●職員へのメッセージ
人間は不完全な存在。他者との係わりによって自分自身を磨き続けることができ、相手を幸せにする事ができる。
町田福祉園は良い評価を受けている。職員が自分に共感して仕事をしてくれていて、感謝している。豊かな暮らしの実現のため、自分は責任を取る。職員は、これからも、アイディアをたくさん提案して欲しいし、スピーディーに答えていきたい。この仕事にモチベーションを持って、仕事をしてもらいたい。

(職員向けメッセージより)

「保育園落ちた!日本死ね!」

と書かれた匿名のブログが話題となり、待機児童問題が政局がらみで取り上げられています。

さらに、メディア上では、保育士の待遇改善(5万円アップ)や、小規模保育所の定員増(19→22)など様々な議論の場に発展しています。

 表現の仕方は乱暴で、品格もなく適切な言い方ではないですが、その意味することは、多くの同様の立場に置かれている人たちの共感を生んでいます。

 緊急度により入所の順番のスケールがあるとのことで、そのために偽装的に離婚する人たちも現実にいるそうです。

それほど深刻な問題になっています。

 また、52万人いるといわれている特別養護老人ホームへの入居許可を待機している人たちも、

「いつ入れるか分からない...」

というような状況に置かれ、高齢者への介護負担に加え先行きへの不安を抱える方も少なくありません。

入所したくても入れない待機待ちをする人が多いのは、東京や神奈川、兵庫など首都圏に集中しています。

 親の介護のために田舎に帰らなければならない、という退職者も最近増えています。

 知的・発達障害者福祉においては、いつも述べているように法人が出来た25年前より、入所を申し込んでいる人たちは約1,000人です。

しかしながらこの数は島しょを含めて82ヶ所の福祉事務所のなかで厳選してきた人たちの人数です。

在宅で暮らしている1/4の人たちの年齢は40歳以上です。実数はその何十倍にもなると思われます。

 私たちは週に一度程度は、

 「入所できないでしょうか?ショートスティは入れないでしょうか?」

 という相談を受けます。

 この数年は、併設する通所部門の親御さんのどちらかが病に倒れ、"万が一の思い"の中で私に直接連絡が来ます。

 電話口からは憔悴しきっている状態であることが伝わってきます。

 その人たちに対してただ断ることしかしてこなかった自分がいます。

 入所施設が足りてないことは明白です。

 ショースティや地域での暮らしを支えるリソースである障害者を見られるヘルパー、重症心身障害者など障害の重い人たちを受け入れる重装備のグループホームは増えているのか?

 答えはNOです。

 目指すべき社会はいつ出来るのか?

 それまでの間、今、困っている人たちへの対応はどのようにするのか?

 旧都立施設への入所に関しては、スケールがあり点数制になっています。

 入れない親たちの中には、「役所に行ってこの子を殴る」と言う人がいます。

 虐待の事案であれば緊急性があるからです。

 多動の子を持つ夫婦の母親が重篤な病にかかり、父親が二人の介護をしなくてはならなくなりました。

 父親はまもなく自らの命を絶ちました。

 切なくなる現実です。

 私には待機者の方の"辛さ"に優劣はつけられません。

 子供に障害があることは誰のせいでもなく、社会の問題です。

 基本的人権の問題です。

 現在の状況は、さながら、公民権を獲得する前の黒人への待遇のようです。

 この問題をさらに複雑にしていることは、障害者福祉は"地域で"が理念になっていることから施設を作ることが前提になっていかないことです。

 事業者間でも温度差があることです。

 私は将来的には解体するにしても圧倒的なニーズのある首都圏では入所施設は必要だと言い切れます。

 このように言い切っている私どもの法人は、重度対応のグループホームを増やしていますし、ヘルパーステーション、通所施設も経営しています。

 "正しさ"は地域によって違うのです。

 障害があろうがなかろうが差はあっても別はないのです。

 今ある悲劇を続けてはなりません。

 障害がある人たちが安心に包まれて生きていけるようにご本人が発信や運動が出来ないとしたら、彼らに変わって一番そばにいる我々がご本人に代わってすこしでも"生きやすく"なるための活動をしていかなければなりません。

 このことを福祉の世界では、ソーシャルアクションといいます。

 少子高齢化、就労人口の減少、障害者等支援を必要な人々の増加、日本は人口が一億人を超す国家としてはじめての「福祉国家」になる道を歩かなければならないと思います。

(職員向けメッセージより)

先日、マーチン・ルーサー・キング牧師の半生の人種差別運動を描いた映画『グローリー 明日への行進』と言う映画を観ました。

 原題は「セルマ」という名で1963年に人種差別に抵抗して600人が行進し、州兵や保安官に警棒で殴られ多くの血が流された場所の地名からとられました。

 丸腰の黒人青年に対し、警察犬をけしかけ襲わせたり、警棒で滅多打ちしたり、高圧ホースで水をかけたりするなどの暴挙を行いました。

 こうした警官による事件映像はテレビや新聞によって映し出され、アメリカの世論は次第にそれらの白人の人種差別主義者による暴力に拒絶反応を示していきました。

 兄弟や仲間が、脳挫傷や骨折など重態になってしまった多くの若手の黒人からは、力による抵抗を進言されます。

 それでもキング牧師は、無抵抗主義を辞めませんでした。

 暴動を起こそうとする人たちに「人が傷ついて死ぬぐらいなら憎まれてもてもかなわない!」と一喝しました。

 力による抵抗は今回の何倍もの被害者をだすとキング牧師は考えていました。

 63年リンカーンによる奴隷解放100周年記念ワシントン大行進には携帯もない時代に20万人以上が参加し、そのうち6万人が白人でした。

 このときの演説は、20世紀最高の演説と評されています。

 それが"I Have a Dream"からはじまる演説でした。

 これは即興だったと言われていますが、世界中の人たちのみならず、人類の未来にも影響を与えたと言われています。

 その一説を紹介します。

 「私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。」

 64年7月2日キング牧師39歳のときノーベル平和賞が授与されます。

 そして、68年白人男性の銃弾により暗殺されました。

 キング牧師の死から40年後にアメリカ人とケニア人の混血であるバラク・オバマが大統領に就任しました。

 ミシェル・オバマ夫人は黒人奴隷の子孫であるため、アフリカ系アメリカ人初の大統領とファーストレディが同時に誕生しました。

 日本の憲法には、すべての国民は法の下で平等であり、健康で文化的な生活をおくる権利を有するとしています。

 障害があろうがなかろうが!です。

 私たち町田福祉園には、年間に数え切れないくらいの入所やショートスティの利用の相談が入ります。

 入所の窓口である福祉事務所は島しょも含めると82ヶ所で緊急度が高い人たち数名が応募します。

 現在、入所待機者は約200名、対象の障害支援区分は6が前提で強度行動障害や重症心身障害の方に限られます。

 ショートスティの登録者も約200名、多くの方の利用が可能となるために2ヶ月で7日しか利用ができません。

 いつも満杯状態の中で、お断りすることに慣れてきていました。

 「東大よりはいるのがむずかしいんです」なんて言いながらです。

 ところが、昨年末より私どもの法人のご利用者、私の知りあいの方々が続きざまに健康を害され、ご主人か奥様が短期的には問題が解決しそうもない状況になりました。

 入所か、少なくても7日では解決しない一時保護が必要なかたばかりです。

 空きがないのを承知で、藁をもすがる思いで直接私に連絡をしてくるのだと思います。

 電話口では辛そうで重苦しいトーンで入所の依頼の言葉が続きます。

 そして、いつものようにお断りしている自分がいます。

 絶望に包まれているかのような間が続きます。

 私がこの仕事に就いて37年になります。 

 その頃から「親亡き後・・・」の問題はあり、そのことによりわれわれの法人も出来ました。

 その後も施設は建てられてきました。

 施設改革から始まったノーマライゼーションの理念も地域であたり前に暮らすことに意味が変わっていきました。

 障害者権利条約19条でも、施設での集団生活は強制されるものではないと謳っているが、同時に地域のリソースを増やしどの地域でも支援を受けながら暮らしていけることを目指しています。

 すでに、東京では施設の入所者よりグループホームで暮らしている障害者の方が多くなっています。

 ところがその支援区分は1から4までの人が9割です。

 5~6の人たちは1割しかグループホームでは暮らしていません。

 そして、10万人あたりの施設の入所者は30人程度で全国平均の約三分の一です。

 重度の人たちを支える重装備のグループホーム・ヘルパー制度・ショートスティなどは増えていきません。

 期限付きの入所施設などでも早急に必要です。

 養護者の一方が病に倒れた瞬間に"老老障介護"さらにその病が重篤な場合はショートスティや施設を探さなければなりません。

 障害者や介護の問題は、その家族の責任ではありません。

 社会的な問題です。

 先進国であるこの国の"不都合な事実"は、"施設から地域へ"というトレンドにしてきた時期は過ぎました。

 向かうべき道は理解しています。

 もっとも問題なことはその地域で必要とされていることが見えづらくなり、ニーズに応えていく政策が否定されてしまうことです。

 重ねて述べますが、単純に施設を擁護しているわけではありません。

 しかしながら、福祉サービスがもっとも脆弱な首都圏において、今まさにそのことによってたいへんな生きにくさの中にいる人たちが大勢いることを知っていただきたい。

 声を発し行動に移していただきたい。

 安心できる未来を創っていかなければなりません。

I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: "We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal."

『私には夢がある、それは、いつの日か、この国の国民が立ち上がり、

「われわれは、すべての人間は平等であるということを自明の真理とみなす」

というこの国の信条を真の意味で実現させるという夢である』 マーチン・ルーサー・キング

(職員向けメッセージより)

Yume Wo Katare

Yume Wo Katareとは、ボストンにある超大盛りの二郎系ラーメン店の名前です。

この店の若き経営者が西岡津世志さんで、今年の世界ドリプラで紹介されました。

西岡さんとは、世界大会で隣にたまたま座りボストンから来ていること、ラーメン屋をしていて店名が、Yume Wo Katareということなどを聞きました。

ドリプラを知っていてこの名をつけたわけではなく「本気で世界中の人たちが、大きな声で自らの夢を『自ら語れる』世の中を作りたかった!」といいます。

そして、今年ドリプラの仕組みを知りハーバード大学でドリプラを開催したそうです。

ボストンで第1号店を開いたことにも大きな意味があります。

ボストンは、ハーバードやマサチューセッツ工科大学といった世界のトップクラスの学生が集まる街です。

このラーメンを食べた人は夢を店内で語らなければならない、というルールです。

お客さんの中には、ラーメンを食べるだけでなく夢を聞きにくる方も多く、語られる夢に感動しその夢を応援する人もおられるとのことでした。

西岡さんの壮大な夢はまだまだ続きます。

この二つの大学には世界中から優秀な学生が集まります。

その学生が、夢を語り、それが応援される相互支援社会の仕組みが世界中に広がっていくということです。

2030年までの世界195カ国に夢を語れる空間を作るというものです。

西岡さんは、関西の学生街を中心に『ラーメン荘夢を語れ』を展開し、2012年ボストンに進出しました。

楽しい学生時代から、社会人になったとたん、身を削るように生きていくためにお金を稼ぐ。

身を削る代償としてお金を稼ぐ、そんな世界が嫌でしょうがなかった。

夢を追いかけたかった、と言います。そ

の一途な思いで成功をしている西岡さんは来年の世界ドリプラにエントリーするそうです。仕事そのものからエネルギーをもらえる、福祉とはそんな世界です。          

夢を語っていますか?若かった学生のころのように!

(職員向けメッセージより)

 私が一番していたスポーツは、硬式テニスです。

 その前が剣道ですから、意識的には格闘系,テニスのシングルの試合は格闘技のようなハートが要求されると思っています。

 錦織圭は私の年代から見ると、チャンピオンベルトを渡したくなるような天才でハートも肉体も強い日本人ではないように見えます。

 それは子供のころから、アガシやシャラポアを輩出したIMGアカデミー(フロリダ)でトレーニングを続けていることに由来します。

 ここでのトレーニングは、日本でのトレーニングのような根性至上主義ではありません。

 「一生懸命テニスをすることが楽しい」という感覚をトレーニングするのです。

 英語でテニスをすることを、Let`s Play Tennis (テニスをしようぜ!)といいますが、Play を使いますので、(テニスを楽しもうぜ!)と同義語です。

 一生懸命をいれると hard を加えるだけです。

 邪気のない子供は"一生懸命を楽しむ"天才だったのです

 今のハートであのころの試合に出たら、勝てそうな気がするだけでなくもっと上手くなっていただろうと思います。

 そんな脳力を子供のころから育てることは、日本はその真面目さから上手くないようです。

 ブラジルの子供たちのへのサッカーのコーチ法、ニュージーランドのラグビーの子供たちの育成法、アメリカのバスケット、野球のトレーニング法もちろんテニスも、世界最高峰といわれています。

 そしてその共通点は、そのスポーツを一生懸命やることがいかに楽しいかを経験させることだそうです。

 日本の少年野球チームはアメリカではあっさり勝ってしまいます。

 その緻密なプレイを見て地元紙に酷評されました。

 「思いっきり打たず、思いっきり投げず、日本の子供たちはベースボールの何が楽しいのか?」と!

 体力で劣る日本人が、結果を出すために緻密なプレイスタイルになるのは理解ができる部分はありますが、結果エントリーの世界は常にプレッシャーやストレスに押しつぶされ自殺者3万人の社会を作ってしまいます。 

 基本的には、仕事そのものを楽しむ!生活を楽しむ!人生を楽しむ!ことからエネルギーを充填できることがもっともパワフルな生き方です。

 給料が、自らの心を犠牲にしてもらえる対価にしてはならないのです。

 私たちのDNAには"一生懸命を楽しむ"ことが刻み込まれています。

 福祉人が、ストレッサーになり、"心の中で互いを攻撃しあっているのでは"、チームワークもダイバーシティも生まれません。
 
 人は一人では、自らのことを感じることはできません。

 他者の笑顔、喜ぶ姿を見て同じように喜び・自らの存在意義を感じます。

 福祉は一生懸命を楽しめる仕事です。

 確信しています。 

 Let`s play job hard !


(職員向けメッセージより)

石切り職人の話


3人の石切職人が働いていた。

そこを通りがかった旅人は石切の仕事に興味を持ち

1人目の石切職人に尋ねた。

「あなたは、何をしているのですか?」

1人目の石切職人は

「お金を稼ぐためだ!」

と何を当たり前のことを聞くのだとつまらなそうな顔をして答えた。

旅人は2人目の石切職人の横を通り同じように質問をした。

「あなたは、何をしているのですか?」

彼は

「一番の石切の技術を身につけるためだ!」

と無表情に淡々と答えた。

旅人は3人目の石切職人にも尋ねた。

「あなたは、何をしているのですか?」

3人目の石切職人は空を見上げ目を輝かせながらこう答えた。

「大寺院を作っているんだ。私が作った大寺院で多くの人が祈り、

         それは人々の安らぎの場となる。そんな夢を見て石を切っている」

                   ・・・「人は仕事に誇りを持つ時成長する」 ピータードラッガー

 未来をどう創るのかは、私たちの意思の力です。

 メンタリングマネジメントは、そんな自立型の人材を育成する方法です。

 未来をまざまざとイメージすることにより、今なすべきことがわかります。

 その仕事の魅力や価値、使命が明確になります。

 そして、人を応援する力が養われます。

 さぽ☆どりは、4ヶ月をかけプレゼンターの夢(未来)を応援します。

 『夢は一人で叶えることが一番難しい」と言われます。

 一人ではできないことがいっぱいあるからです。
 
 そんな時、他のメンバーの出番となります。

 他者のニーズに応じて援けあうことを相互支援と言います。

 福祉人は、他の人の想いを察知し、

 そのことを応援し、

 その人がゴールすることを自らのことのように喜べる人たちのことです。

 本来、福祉の仕事はそんな喜びや充実感で満ち溢れた世界です。

 そんな世界を、多くの人と共有したいと思っています。

(職員向けメッセージより)

 平成24年総合福祉法の施行時、

 「自らのことは自らが決める」

 ということが自立の概念としで世界的にも定着しており、エンパワーメントという言葉でそのことを表現しています。

 しかしながら、どうしても、意思を決めることが困難な方々の存在することも、支援者側の課題として残りました。

 様々な論議が交わされました。

 法的な契約が困難な方々のための成年後見人制度という形で"支援される意思"ということが存在しますが、日本の成年後見精度は、無能力主義で公民権まで奪ってしまっていました。

 現在は親御さんや当事者の裁判の結果、選挙権は取り戻しています。

 この成年後見人制度は、意思代行支援と言われています。

 また、視覚障害者の点字や聴覚障害者のための手話などは意思疎通支援と呼ばれています。

 知的障害の重いい人たちのためには、

 「相手の中で起こっていることが、相手と自分のかかわりの中で、沁みるように伝わってくる」
 
 相手の主観の中で起こっている情動が、自らの主観の中で何かしらの情動が喚起されていく状態のことを「間主観的に他者をわかる」という鯨岡峻(京都大学名誉教授・発達心理学者)の論点が多くに取り上げられました。

 また、ミラーニューロンの存在など私たちには他者を理解する力がすでに備わっており、その力を肯定的に使うことにより、わかりにくいとされる障害の重い人たちの本当の想いに近づくことができると考えました。

 ただ、このような議論は抽象的になりやすく、さらに細分化した作業が必要となりました。

 私たちは、何かしらの支援をする必要がある時、

 『瞬時に「どうすべきか」を考え(思い)、行動に移し、その結果どのようになった』

 という流れで仕事をしています。

 この場合のどのように考えという部分はアセスメントの部分であり、そのことを共有化し良いレスポンスが得られるとき

 "本当の想い"

 に近ずく第一歩です。

 次に意思が明確になる取り組みです。

 人は安心できる環境でなければ学習効果は上がりません。

 人がもっとも大きな刺激です。

 そして、肯定的に理解されているという体験の積み重ねが、他者への信頼と自らの自信へとなります。

 この段階になると、本人が望んでいるであろうことがわかりやすくなってきます。

 そしてそれに応えていくに従い豊かさや幸福感を感じていくようになります。

 支援者側も、

 "心のやり取り"がスムーズにいくことで自らも幸福感を感じます。

 そして人生を選べるようになります。

 意思が明確になる取り組みは意思形成支援です。

 これが意思決定支援の入り口となります。

(職員向けメッセージより)

もっともっと伝えていきたい!

障害者福祉の魅力を、価値を、醍醐味を!

福祉関係者に、その家族に、すべての人々に!

福祉のエッセンスは、どなたでも共感して頂けるもの!

断言できます!

懸命に生きている人たちを、応援できることの幸福感を、共有できることを!  

                                         実行委員長 阿部美樹雄


初めて福祉業界の門を叩いた時、理想と希望を持っていた。

仕事を通して大きく成長し、充実感に満ち溢れた生活を思い描いていた。

人に喜ばれる仕事がしたい。ご利用者様の笑顔に癒され、

職員同士、よりよい職場環境や支援について語り合い、周囲に誇りを持てる自分でありたい!
まさに理想的な仕事に思えた。

...そして、数年後、対人関係に悩む。辞めたいと思っている。誇りを持てない。

人に認められていない!

仕事の価値をお金で考えてしまう!...こんなはずじゃなかった。

その時、職場のFAXが1枚のチラシを受信した。

「知的・発達障がい者福祉サポーターズ ドリームプラン・プレゼンテーション2015」

2015年9月26日(土)13:00~17:00文京学院大学・仁愛ホール 資料代 1,000円

 チラシの言葉に目が留まった。

「あなたの5年後を想像できますか?あなたの仕事、楽しいですか?」

『仕事が楽しくなるヒントがもらえる・・・』

「う~ん、行ってみようかな!」           富岡一明

(職員向けメッセージより)

 体罰とは、教育用語で40年前までは罰として、お尻をたたいたり、座らせたり廊下で立たせたりしていた。

その延長上で"体で教える"などのことは、部活の指導として容認されている雰囲気はまだあるのではないでしょうか?

 少なくとも、私の高校時代の部活では、うさぎ跳びは普通にやっていたし、水を飲むことは厳禁でした。

"根性だ""気力だ"と科学的ではない指導を受けていました。
 
福祉という仕事は、もっともビジョナリィーな仕事です。

理念や哲学というその行為をする意味については共有化しておかなければ乱暴になります。

 たたく、蹴る、わいせつな行為、ネグレクト、罵声や傷つくことを言うことや、本人の所得保障である年金の搾取などは、虐待というより犯罪行為です。

 虐待をする人はこのことの自覚はあるのでしょうか?

 私たちの仕事はどのようなことなのでしょうか?

 障害を持たれている方々は、私たちと比べて何倍もの迫害体験を受けてきているといわれています。

「生きにくさ」があるとしたら、彼らの問題ではなくこの社会が生み出してきたものなのです。

私たちの仕事は、幸福感を感じられる豊かな暮らしに向かうための支援です。

社会の中の様々な軋轢や差別から盾になるという役割があるにもかかわらず自らがその要因になってはいけないのです。

不完全な人間という存在が、他者とかかわりを通して相手が幸福を感じて頂く、それは自らを磨き、磨き、磨き続け、相手が輝いたときに自分がようやく輝くという法則の連続なのです。

人は他者を通してでなければ自分を判断できないのです。

相手が辛く苦しそうな時は、自らの優しさを最大限に発揮する出番なのです。

相手がうれしそうに微笑んでいるならば最大化して喜びを倍増するチャンス
なのです。

 すべての悩みは人間関係に帰結し喜びも人間関係の中にあります。

 そのためになすべきことの最初は、愛着関係や信頼関係という安全な関係を信じてもらうことから始まります。

 そして、このことが福祉の目的でもあるのです。

 虐待は相手を不幸にし、虐待をしている人も幸せではないのです。

 相手をしあわせにするスキルは勉強しなければなりません。

 もっと大事なのはスキルを行う"あなた"のあり方が問われます。

 私は福祉従事者あり方の学びのために、フロー理論やアンガーマネジメント、そしてメンタリングマネジメントなどポジティブ心理学を紹介させて頂いています。

 そして、このようなことを学ぶことによりもっとも恩恵を受けているのは私自身です。

 もう気が着かれていると思いますが、

 どんな過去があれ、今がしあわせであるならば、過去は解釈にしか過ぎません。
 
 未来をしあわせなものにするのかは、自らの意思なのです。
 
 未来は意思です。
 
 その未来から"今なすべきことを考える"それが"福祉人"の生き方です。

(職員向けメッセージより)

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